2011年12月15日
エドックス ヒストリー
スイス・グランジュの才能ある時計師として名をなしていたクリスチャン・リュフリィ・フルーリーが、ビエンヌのジュラ山麓の地に時計会社を設立したのは1884年のこと。彼はその社名に、古代ギリシャ語で<時間>を意味する言葉<EDOX>を選んだ。これが現在のエドックスの始まりである。
ブランドのマークである砂時計は、1900年にエドックスの時代に流されない姿勢のシンボルとして公式に使われるようになり、フルーリーの死後もこの精神はしっかりと引き継がれた。彼の死後、まだまだ懐中時計全盛の1920年代においても先見性を持って腕時計に着手し、エドックスはスリムでエレガントな腕時計の開発に力を注いだ。このブランドの方針は大成功を収め、第二次世界大戦後の高い人気と大きな発展につながったのである。
第2次世界大戦後も多くのウォッチメーカーを傘下にし、大きく発展。1960年代にはバイクレースやオリンピックの公式時計を務め、スポーツシーンにおいても重要な役割をになうブランドとして活躍することになる。1961年に発表された「デルフィン」は、ねじ込み式リューズを採用せずに当時の技術では非常に驚異的な200m防水を実現、エドックスの技術力の高さを証明した。そして1969年には耐傷性ケース/風防を持つ「ブルーバード」のように、エレガントなモデルや、1970年には世界初のワールドタイマーである「ジオスコープ」などの名作が続く。
ブランドのマークである砂時計は、1900年にエドックスの時代に流されない姿勢のシンボルとして公式に使われるようになり、フルーリーの死後もこの精神はしっかりと引き継がれた。彼の死後、まだまだ懐中時計全盛の1920年代においても先見性を持って腕時計に着手し、エドックスはスリムでエレガントな腕時計の開発に力を注いだ。このブランドの方針は大成功を収め、第二次世界大戦後の高い人気と大きな発展につながったのである。
第2次世界大戦後も多くのウォッチメーカーを傘下にし、大きく発展。1960年代にはバイクレースやオリンピックの公式時計を務め、スポーツシーンにおいても重要な役割をになうブランドとして活躍することになる。1961年に発表された「デルフィン」は、ねじ込み式リューズを採用せずに当時の技術では非常に驚異的な200m防水を実現、エドックスの技術力の高さを証明した。そして1969年には耐傷性ケース/風防を持つ「ブルーバード」のように、エレガントなモデルや、1970年には世界初のワールドタイマーである「ジオスコープ」などの名作が続く。
Posted by Romega at 18:48│Comments(0)